【自己認知記録8】9月21日2018年

昼から部活で終わってバイトの日

 

【部活】

8人で練習

前日の倍の人数。

 

できることは増えたが

 

やはり人が増えると1人に対する

 

集中が落ちるので気が抜けた。

 

前日に引き続き練習参加のプレイヤーは

 

調子が良かった。

 

試合では体に疲労をためつつも良いパフォーマンスができることが求められる。

 

試合はリーグ戦。

 

1日2試合ある。

 

1年生にとってはレギュラーで出る初めての公式試合になるので不安だ。

 

上級生は実習や試験で練習を抜けてばかりだった。

 

コンディションが悪いのはいつものことだ。

 

それでもやってくれると期待している。

 

やらせることより自らが選び練習をすることを尊重してきたこのチームで結果を残したい。

 

きっとそれが今後の良い流れを作る。

 

部活は勝ちだけが目的ではない。

 

だが今回は結果を残すことが求められる。

 

自由への道を開くためだ。

 

今まで負けた次の日から練習だ!!

 

などといった根性だけでケガ人続出させ結果を残せなかった過去を引き継がなくていいように。

 

残された彼らがまた過ちを犯さないように。

 

ただでさえ人数が少ない中でどう戦っていかなければならないのか。

 

改めて考えて欲しい。

 

 

【バイト】

めちゃくちゃ暇だった。

 

それでもいつもと同じ時給が発生する。

 

やはりこのことには違和感を感じた。

 

客を呼び込むことはない。

 

店長がいてもそうだ。

 

飲食はある程度軌道に乗れば

 

それでいいのか。

 

そんなことはないと思うが

 

僕はただのアルバイトだ。

 

汚いのが嫌だから暇な時は掃除をする。

 

普段手をつけないところを。

 

何もしなくても

 

綺麗に掃除をしても

 

時給は変わらない。

 

お客様はおいしい、ありがとう!と

 

思っているかもしれないが

 

その感謝の対価としてお金を得ている感覚はない。

 

それをまじまじと感じられることを僕は仕事にしたい。

 

僕は何のために生きて

 

何に時間をかけて

 

何のために働いて

 

何のために稼ぐのか

 

まだ見つからない。

 

バイト先のあの子も言ってた。

 

面接でここに来て何をしたいのか?

 

答えられない。

 

嘘はつけない。

 

本当は逆に聞きたいのに。

 

きっとほとんどがその場しのぎで

 

嘘をつくことが当たり前で

 

自分のことさえわからなくなる。

 

目が覚めた時に

 

生き方の迷子になっていることに気づく

 

誰も助けてはくれない。

 

目が覚めた方が良かったのか。

 

何も考えず死んだ目で生きていた方が良かったのか。

 

生き方はそれぞれだ。

 

自分が望む生き方を正解にするために

 

力を抜いて走り続ければいい。

【自己認知記録7】9月20日2018年

今日は雨だ。

 

久しぶりに早起きしたのに…。

 

いつもは1枚のトースト。

 

今日は2枚食べちゃった。

 

おかげで電車乗り遅れたじゃん。

 

いや、遅れたのはまったり準備したからか。

 

【電車】

大学まで今日は1時間15分くらいの旅だ。

 

快速に乗り遅れたからその直後の普通列車

 

雨でジメジメ。床はツルツル。

 

みんなの顔もどこか険しい。

 

最近面白いことに耳から何か生えてる人が多い。

 

もちろん何もついてない人もいる。

 

 

タイプ1

・耳から紐状のものがびろーんでその先に四角

 

タイプ2

・耳から紐状のものが垂れて首の後ろで繋がる

 

タイプ3

・耳にタバコみたいなの刺さってる

 

タイプ4

・耳に何か詰めてる。

 

人間って何かに支配されてるよな。

 

だってこの人たちたまに誰もいないのに話してる。

 

こわいんだ。

 

みんな下向いてるし。

 

いつのまにか自分もタイプ2だし。

 

生き物じゃないものに話しかけるし。

 

人間ってどこに向かってんの?

 

 

 

そういえば皆なんで同じ時間に出勤しなきゃいけないの?

 

会社で授業でもやってる?

 

講義型の指導でもしてるの?

 

動画に残してそれぞれ時間あるときに観る感じじゃダメ?

 

大人もやらされなきゃできないってこと?

 

社会はそんなに甘くないとかまだ言うの?

 

社会に出なきゃわからないか。

 

ぐだぐだ言ってごめんなさい。

 

【部活】

朝から部活

 

「4人」で練習!

 

なにするんだろう。

 

バレーボールって難しいよなー。

 

てか、4人!!!

 

遅れて行っちゃったから急いで着替えて

 

シューズ履いて軽く走ってストレッチ

 

ウォーミングアップしてパスから参加。

 

2人組が2つ、それで4人。

 

寂しいけど練習。

 

いつもぼくは本気でキャッチボールをする。

 

1発目から全力投球。

 

体の調子がわかるんだ。

 

実はスパイクの動作にもつながる。

 

というかピッチング動作いいよ!

 

エネルギーを下半身から体幹を通って上半身に

 

上手く伝えるためにいい刺激を得られる。

 

動きがバラバラだったり

 

ぎこちなかったりすると

 

うまく力が伝わらない。

 

少人数だとボールを触る時間が自然に増える。

 

これはこれで楽しい。

 

こんな時は楽しむのが1番!

 

おきまりの掛け声はそんなにいらない。

 

ただ楽しさや嬉しさ悔しさを表現すればいい。

 

ある程度いつも通りの練習をすませて

 

ゲーム形式にうつる。

 

2対2だ。

 

ビーチバレーでもないのに2対2

 

コートはフルで使い、フロントゾーン(ネットから3m)はアウトにして行う。(ちなみにコートは9×9の正方形が2つの18×9)

 

とりあえずきつい。

 

でもボール触る機会多いから楽しい!

 

しかも自分のミスが直接首を絞める。

 

相方が助けてくれる範囲でプレーしなきゃ

 

一気に負けが近づく。

 

本当は常にそんな気持ちで

 

コートに立ってなきゃだけど

 

なかなか難しい。

 

わざとその状況を作り出すこと

 

それも1つの手段だ。

 

かなり充実した練習になった。

 

苦手なこと弱い部分

 

得意なこと強い部分。

 

ペアの組み合わせによっても異なる。

 

 

ちなみにぼくは今日全てのゲームに勝った。

 

なにを得るかはそれぞれだ。

 

練習終わりの反省では多少厳しく言ったが

 

うまく伝わった気がする。

 

また明日も頑張ろう。

 

休んだことだしバイトへ向かう。

 

【自己認知記録6】9月19日2018年②

【ジムバイト】

 

ジムのバイト先は家から遠いが大学から送り迎えをしてもらえる。

バイト先が同じおばちゃんだ。

孫のいるおばちゃん。

偏見の強い昔ながらのおばちゃん。

言い方は悪いが話がつまらない。

自分では笑っているけどぼくはいつも愛想笑い。相槌もそこそこ。

本当は無視したい。

Twitterみたりブログ書いたりしたい。

そんなことしないけど。

その人は若者の気持ちがわかることをウリに仕事しているけどぼくの感覚には合わない。

たしかに優しいがこのおばちゃんはかなりのえこひいきをする人でたまたまぼくが気に入られているからそう感じるわけで、評判はあまり良くない。

ぼくが人当たりのいい対応をするからきっと気に入られたんだろう。

これもまたぼくが得た負の遺産の仕業だ。

誰にでもいい顔してると自分にとって嫌な人とも付き合わなきゃいけなくなる。

自分に素直に振舞うことも実は必要だったのかもしれない。

ただ、おかげでいい情報を回してくれることもあるのでものは捉えようだ。

 

ジムのバイトでいいことは元気な人の姿を見ることができることだ。

病院や介護施設と比べると活気に満ち溢れている。

病院に10日ほど入院したことがあるがやはり病院はテンションが上がるわけでもエネルギーを感じるわけでもなかった。

施設に実習に行ったこともあるがほのぼのとした日常と狂気の入り混じったカオスだった。

それと比べると気分は悪くない。

 

 

比較的年寄りの多いのがうちのバイト先の特徴だがたまに若い女性がいる。

きっと他のジムのバリバリ感や人の多さ、ゴリゴリマッチョのザ・トレーニング感を嫌ってのことだ。

ぼくにもその気持ちがわかるのでうれしく思う。

自分のペースでトレーニングしたいのにそうじゃないああじゃないとトレーニングの玄人に言われるのは嫌なんだ。

ぼくはかからない限りトレーニングについてアドバイスもしない。

それがうちのジムの良さだと思っているからだ。

困っていないか、体調はどうかを見ていること。

気持ちよく挨拶をすることが1番重要な仕事だ。

 

 

ジムやフィットネスクラブが増えた最近。

ぼくはいつかジムを経営したいと思っている。

その時は会員さんが気軽に自由にトレーニングできるようにしたいと思っている。

 

 

そもそもトレーニングの良さは他のスポーツと比べて上手い下手がつけにくいこと。

やればやるほど成果が目に見えることだ。

 

強制的にやらされることや上手い下手が区別されて他人と比較されることは学校体育だけで十分だ。

それが嫌だけど自分の健康のためや気晴らしのためにジムへ来ている人も一定数いるはずだ。

 

ぼくは部活動大好き人間だった。

 

そのせいで中学では強制的に厳しい練習を後輩にさせることはあったが上手い下手で区別することはなかった。

 

下手でも一緒に運動してくれるだけでめちゃくちゃ嬉しかったからだ。

続けている人には理由がある。

強くなりたい。

楽しい。

そんな気持ちが少なくとも心のどこかにある。

それでいて上手くなれたらラッキーだし。

それで勝てたら万々歳だ。

 

上手くたって強制されるのはやはり苦痛だ。

勉強しようと思っていたのに親に言われてやる気をなくすアレだ。

 

以上がぼくが自分のペースで自分のやりたいようにトレーニングできるジムを作りたいと思っている理由だ。

 

スポーツを教える人は誰もが知っているように生涯にわたってスポーツに関わっていってほしいという願いがある。

 

きっとこれを実現するには学校体育や競技スポーツで生まれた負の遺産をこれ以上残さないことや取り除くことが必要である。

ぼくの人生が終わるまでにこれを達成したい。

【自己認知記録5】9月19日2018年

【夢】

 

今日は久しぶりにゆっくりした生活。

 

夕方からジムのバイト。

 

それまでしこたま寝た!!

 

寝てる間の話をするよ!

 

夢みたよ。

 

なんかトレーニングしてた

 

謎のジムでトレーニング。

レーニングしてたら怒られた。

お前はそんなことするなって。

それをするより前にこれをやれってジャルジャルの福徳さんみたいな人に言われた。何をやれって言われたか覚えてないけど変な動きだった。それでも怒られたからやっちゃうんだ。威圧されるとこわいね。そのあとちょっと目が覚めて、また寝た。

 

次は大学の友達とスーパーでアイス選んでた。

 

その前にどっかの体育館でぼくは後片付けをしてたんだ。誰も手伝ってくれない。みんなは先に体育館を出てどこかへ向かっている。イライラしながらぼくは片付ける。しばらくすると女子が戻ってきてぼくを待ってくれた。待ってないで手伝えよって思ったけど1人で文句も言わずに片付けるぼくかっこいいかな?なんて思いながらイライラしつつも片付けた。こっちだよーって呼ばれるから行ったけどクルマパンパンで乗れないやつ。そこから話が飛躍してスーパーにいつのまにか着いた。

 

そこにはみんないた。

 

先に行って買い物終わってるわけでもなくみんなふざけながら買うものを選んでる。レジ近くにアイスのコーナーがあって結局みんなその周辺でうろちょろしてる。品揃えが悪いんじゃー。って千鳥ノブのような声が聞こえる。

 

ぼくはチーズが食べたかったのにみんなアイス買うみたいになってるからチーズ味のアイス探した。なかなかないよね。あるかもしれないけど品揃えが悪いもん。結局バニラアイス買ったんやけど。そこらへんで夢は終わった。

 

なんだかんだ楽しかったなー。

全部夢だけど!

 

てか、夢でまでジムにおるのなんやねん!

バニラアイスは昨日寝る前に食べたやん!

違うの選べや!

 

寝ててなにもしてないことさえもネタにしちゃう精神で自分の行動をすべて正当化するよ?いいよね?

 

チーちゃんのお顔に免じて今回は許して。f:id:keitoro327:20180919154348j:image

【自己認知記録4】9月18日2018年

【部活】

 

8人中5人での練習

上級生2人と1年生が1人休み。

 

普段と違う練習や工夫した練習が求められるが特に工夫なし。それでは成長はゆるやかだろう。前日練習試合でその反省に基本的な能力の不足があげられたにもかかわらず特にそれに対する練習もなし。メニューとしてではなく意識だけで質を高めることは難しい。

 

いつも通りにするくらいなら積極的休養をとるのもひとつの手段ではあった。その発想はないのだろう。

 

みんなはここ最近練習試合に遠征に披露しきっている様子だった。ぼくは練習試合も遠征も練習のボール出しやお世話、指導と激しい運動はしていなかった。今日は久しぶりにガッツリ練習に混ざってやったが、体が喜んでいた。

 

先生のいない体育館ほどにゆるいものはないと思っている。

 

その中で向上心を保ってスポーツに取り組むのは難しいことだ。ぼくは本来スポーツは楽しめればいいと思っているが、楽しさの中に技術の向上は含まれている。身体はすばらしい適応能力を持っているので無意識のうちに身体は強くなったりしなやかになったりしている。

 

向上心を持ちつつ楽しむことはゆるさから多少なりとも離れる必要がある。他人の失敗には干渉せずに自己の失敗を追求する。ぼく個人の考えでは反復練習はそれほどに重要ではない。再現性のある技術を身につけることは重要であるがそれにこだわり機械的に動き続けることを求めるのはおもしろみがない。全員が同じ動きで高いパフォーマンスを発揮することを求めるのはいかがなものだろうか。

 

ぼくの中でのこたえはまだ見つかっていない。

 

【ストレッチ気持ちいい!】

 

自分の身体と向き合える貴重な時間。

 

小さな変化に気づける

ストレッチは心も体も同時に目を向けることができる。

寝方が悪かったのか前日の疲れが残っているのか。睡眠不足なのにやけに調子が良い日もある。身体はすばらしい適応能力があるがたまに予測不可能な反応を示すことがある。これはまだ人体のメカニズムを十分に理解していないからなのかもしれない。

 

【昼寝】

久しぶりの激しい運動に身体は素直な反応を示した。運動後にふとももに少しの痛み。肩の疲労感。心地よい眠気。長くても2時間程度の昼寝にしようと考えていたけど3時間半くらい寝てしまった。アラームをセットしていたが止めてまた寝ていたらしい。運動後に寝て起きると披露した身体の部位が主張をしだす。不思議だ。起きて身支度し再び学校へと足を運んだ。

【自己認知記録3】9月17日2018年②

 

【部活とバイトで思ったこと感じたこと。】

 

そうだ見たり聞いたり情報収集だけでは発信者にはならない。あたりまえだけどそれさえもできてない。動かなきゃ!

 

部活の時に思ったこと

 

【自分のためはみんなのため!】

チームスポーツでは自分のために頑張ることが結果的にチームのためになるってこと。

誰かのために行動してもほとんど見返りはない。自分は頑張ったのに相手は応えてくれなかったってなると負の感情がやってくる。無益だ。

でも実際、自分のために頑張ることはみんなのために頑張ることでみんなのために頑張ることは自分のために頑張ることだ。自分という視点の中に仲間がいるかどうか。自分=チーム

 

何が言いたいかは分からん。

とりあえず残す。

わがままとは少し違うんだよな。

まだまだ考えよう!

 

【偶然性はおもしろい!】

スポーツは決まりきったことが少ない。なんでも思い通りになるならスポーツは勝敗がつかない。いつもできてることがまたできるとは限らない。自分を思い通りに動かしてもそのほかはコントロールが難しい。再現するには条件が多すぎる。それに向き合ってスポーツをやってる人はすごいと思う!

僕たちみんなすごい!!

 

【神は細部に宿る!】

細かいことに気がつく選手は相手の異変に気づくのも早い。ゆえに勝ちが近い。逆の人は自分が追い込まれていても気がつかない場合がある。天才はそれでも勝てるが僕たち凡才はそれでは勝てない。

 

バイトで感じたこと

 

【閉鎖された洗い場はメンタルにくる】

人とほとんど接することなく作業をし続ける洗い場は悩み事を考えてしまうのでメンタルにくる。悩みがいい方向に行くことは少ない。常に追い込まれているからだ。洗っても洗っても次から次へと同じものがやってくる。恐怖であろう。僕がここに配置されたのはきっと仕事ができないからではないか。そんな思考にもおちいる。

 

ごくまれに天使が舞い降りる。洗いやすいように整頓された状態でバッシングしてきてくれる天使がいる。その天使がくると単純にテンション上がる。天使のイタズラかのように細かい嬉しいことをしてくれる。仕事を受け渡すのなら次の人が作業をしやすいように工夫できる人は天使だ。絶対モテるとおもう。可愛いし。

 

 

【人手不足は人望不足】

バイトの人数はかなりいるのにシフト希望は毎回のようにスッカスカ。理由は簡単。店長の人望不足だ。前回の店長の時は休みを希望していても人手不足の時は協力してなんとかシフトが埋まるように自然となっていた。バイトがここ1、2年で多く入れ替わったことも影響しているかもしれないが、バイト生たちの話を聞いている限り今の店長の影響に間違いない。

 

人使いが荒い。気遣いができない。仕事ができない。シフトが整っていなくても強行突破する。その結果せっかく希望して出勤したバイト生が次は入りたくないと思う。それに気づかずなんとかなるもんだねと発言しちゃう。入った瞬間時間伸ばせないか聞いてくる。教えてもらったことのないことで怒る。などなど。

 

はじめは、ただ人づきあいが下手な人なんだろうな。可哀想な人だなぁと思っていたがもう可哀想だとも思わなくなってしまった。二件ほど本社にバイト生からのホットラインへの相談が入った。パワハラだという。その件で一度店長は飛ばされたが数ヶ月して戻ってきた。戻ってきた数週間は丸くなっていたが今は過去に後戻りだ。何も学ばなかったのだろうか。

 

その結果バイト先は人手不足に陥っている。いや、人手はそれなりに足りている。人望不足なのだ。

 

僕たちはこのことから学ぶことができる。信頼を得ること。人望を集めることが人の上に立つものの1番大切なことだということ。

 

なんのとりとめもない1日がまた今日も終わりそうだ。

【自己認知記録2】9月17日2018年

部活 練習試合

 

僕らのチームは先生が付いていないので僕が指導している。しかし、活動内容や方法はプレイヤーたちに任せている。キャプテンを中心に少人数ながら頑張っている。

 

キャプテンはここ2、3週間で教育実習なので今日は久しぶりの参加だ。

 

相手は直前の公式戦で負けた相手と公式戦では当たることのないチームだ。

 

僕のチームは8人。ポジションもまともに揃っていない。高校までの実績もそれほどない。自分たちでなんとかしようと日々もがいている。

その手助けをできればと思い指導することにした。

 

ただの先輩がそのまま指導してるだけだから監督や指導者の威厳なんかはない。それが僕の良さでもある。

 

1年生にとっては初めから指導者だがそれ以外のプレイヤーからするとただの先輩。

 

意見してくれるし相談もしてくれる。こちらとしてもやりやすい。しかし、不満を僕にぶつけるそぶりはない。賛否が分かれないということはそれほど影響力がないということかもしれない。

 

成長のスピードは遅いが確実に成長しているのを見ていると楽しい。

 

伝統や決まりが多い部活だが徐々に失われつつある。良いか悪いかは別にして変化している。時代の流れもあるだろう。

 

僕の中にはまだ古い考えが残っている。部活動の上下関係や常識的な考え。古臭くて嫌になるが抜けきれない。挨拶をするのは当たり前だと思うけどそれを強制することはおかしな話だ。

 

先輩を敬うことも当たり前かもしれないが、尊敬されないのはその人間に問題がある。

 

僕はなめられてもいい。常にみんなを気にかけてカウンセリング的に声をかけていく。

 

僕がプレイヤーだった時はプレーで引っ張ることができたけど今は違う。非常に難しい。言葉や雰囲気、眼差しでみんなを動かさなきゃいけない。

 

僕がいてもいなくても変わらないんじゃないかとか、むしろ邪魔なんじゃないかとか考える。

 

無益な感情はやめにしよう。

自分に軸がなきゃ人はついてこない。

客観性を保ちつつ自分の感情を殺さないようにしたい。今日はみんなに言い忘れたけど違和感を違和感のまま終わらせてはいけない。チームとして動くならなおさらだ。納得してないことに全力を注げるわけがない。

 

細かいことに気がつくためには俯瞰視点が必要だ。体育館にいるなら天井から見渡すような視点も保ちつつ部活に関わっていきたい。

 

せっかく最近アウトプットについて学んでるのにまだまだ話し出すとぐちゃぐちゃになる。この文だってぐちゃぐちゃだ。1記事1メッセージ一回の話す機会には1メッセージ。心がけよう。

 

 

さぁ今からバイトだ。また消耗の時間がやってくる。捉え方次第だ。どうせなら楽しく!収入源がないんだから仕方がない。

 

今日も僕生きてます!

よろこんでーー!!